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映画『エルヴィス』は単なるエンターテイメント映画ではない秀逸な作品

7月10日(日)、映画『エルヴィス』を観ました。これは、タイトル通り、伝説のロック歌手、エルヴィス・プレスリーの伝記映画です。

この映画は、単なる伝記映画にはとどまらないくらいの、おもしろいエンターテイメント作品に仕上がっており、プレスリーの音楽が生まれた背景にかなり重点が置かれています。彼はテネシー州メンフィスの黒人居住区域に隣接する地域で育ち、ブラック・ミュージックにも慣れ親しんでいました。その影響を多分に受けたプレスリーは、独自の音楽を作り上げていきました。

デビュー当時、彼はブルース歌手のアーサー・クルーダップが作曲した' That's All Right , Mama ' を披露し、反響を呼びます。ブルースは音楽のジャンルのひとつで、黒人が労働や人生の辛さを歌ったものが多いです。黒人居住区域の隣に住んでいて、幼い時からブラック・ミュージックに触れていたのだから、彼にとって、ブルースを歌うことは何ら抵抗を感じるものではなかったのは当たり前と言えば当たり前です。

しかし、エルヴィス・プレスリーがデビューした頃の1950年代のアメリカ、特にテネシー州を含む南部では、人種隔離政策が採られ、居住区、レストラン、公衆トイレ、バスなどの公共の場所はすべて白人と黒人に分けられていました。なので、白人が黒人の文化に触れることはほとんどと言ってよいほどありませんでした。

そんな状況ですから、彼のような白人が、主に黒人が歌うブルースを披露することは、本当に音楽界に革命を起こしたと言っても過言ではなかったのです。もちろん、彼には黒人と白人社会を融合して大きな流れを起こそう、アメリカを変えようなどという意図や野望はなかったのでしょうけれど。

それを象徴するような事柄として、彼の独特の歌い方。プレスリーが登場する以前の白人の歌い方といえば、直立不動。対して、プレスリーはセクシーに腰を振りながら歌うスタイル。これは、黒人音楽の刻むリズムで、自然と腰が動いてしまうもの。これを見た白人の女性客は度肝を抜かれ、感じてしまいます。この腰の振りは、アレのときの腰の振り方を連想させるのです。「これは教育上良くない」と見た白人社会では、プレスリーにおとなしく歌うように命じます。もちろん、そんな歌い方が受けるはずもなく、本来の彼の歌い方に戻します。彼は、受けを狙って戻したわけではなく、自分のポリシーに反すること、納得できないことはしないという決意の表れです。

それがよく表れている箇所として、暗殺されたキング牧師ケネディ大統領(当時)に奉げた’ If I Can Dream ’ を歌うシーン。キング牧師の演説 I have a dream・・・にインスパイアされたものだと思いますが、プレスリーのマネジャー、パーカー大佐は「クリスマスなのだから、クリスマスソングを。」と提案するも、プレスリーはここでも自分のポリシーを貫きます。そして、歌う終わってみれば大絶賛され、彼の代表曲のひとつとなります。

プレスリーが自身のポリシーを貫いたことで、白人社会ではたびたび悶着を起こし、苦境に立たされることもありました。ポリシーを変えないことは、とても難しいことで、困難がいくつもつきまといます。それでも、自身の納得いかないことは絶対しない姿勢を見せたことで、後世に残る名曲を多く生み出したことにつながったことは明らかです。

一方、プレスリーのマネジャーであるパーカー大佐は、お金のためなら手段を選ばない男。劇中では、プレスリーとは対照的な人物として描かれています。

単なるエンターテイメント作品に留まらず、独自の音楽を生み出すに至るまでの困難、スターダムにのし上がってからの苦悩、パーカー大佐に対して抱き始めた疑念、と、克明に描かれた秀逸な作品だと言えるでしょう。